【心理学で解説】上司同士で指示が食い違う「板挟み」はなぜ起きるのか?自分を守る3つの防衛術

はじめに:「どちらを選んでも詰められる」という心理的拷問

「直属の上司の言う通りにしたら、部長に怒られるかもしれない」
「部長の言う通りにしたら、直属の上司の顔を潰してしまうかもしれない」

職場でこの「板挟み」に遭ったとき、あなたはどう感じますか?
「私が上手くやれていないせいだ」
と、自分を責めてしまう人も多いのではないでしょうか。

でも実は、この苦しさの正体はあなたの能力の問題ではありません。

今回は、実際にあったご相談を元に、この「板挟み」がなぜ起きるのか、そして自分の心と評価をどう守るのかを、心理学と組織論の視点から書いてみようと思います。


▍相談事例:嵐のように現れて、去っていった部長

直属の上司にミスの報告をしていたところ、通りかかった部長が「どうしたの?」と介入してきました。
上司は「修正しよう」と言っていたのに、部長は「修正しなくていい」と真逆の指示を出して、そのまま去ってしまいました。
直属の上司も「確認してくる」と言ってその場を離れてしまい、私だけが取り残されました。
「結局どうすればよかったのか」と、今でも悩んでいます。

この状況、読んでいるだけで胃が痛くなってきませんか?

以下では、なぜこんなことが起きたのかと、次に同じ状況になったときの対処法を順番に見ていきましょう。


1. そもそも、これは「上司たちの原則違反」である

ビジネスの基本原則に「命令一元化の原則」というものがあります。
経営学者アンリ・ファヨールが提唱した考え方で、「一人の担当者に対して、指示を出す上司は一人に限るべき」というマネジメントの鉄則です。

複数の上司から矛盾した指示が飛ぶと、現場が混乱するだけでなく、誰も責任を取らない状況が生まれてしまうからです。

今回の事例はまさにこれで、部長が直属の上司を飛び越えて部下に直接指示を出したことで、現場に強烈な混乱が生じています。

この混乱を生み出したのは、上司たちの「マネジメントの失敗」です。
あなたが何かを間違えたのではありません。


2. 上司たちはなぜそんな行動をとったのか?心理を読み解く

「じゃあ、なぜそんなことになったの?」と疑問に思う方もいるでしょう。
それぞれの心理を少し覗いてみましょう。


① 部長の心理:悪気のない「通りすがりの口出し」

部長は、自分が問題を起こしているとは思っていません。

こうした「通りすがりの口出し」は多くの場合、「アドバイスをしてあげた」という親切心や承認欲求から来ています。
「部下の様子を気にかけてあげた、いい上司の自分」というセルフイメージが無意識に働いているのです。

自分の発言が直属の上司の顔を潰していること、部下を板挟みの苦しみに追い込んでいることへの想像力が根本的に欠如しているのが、このタイプの上司の特徴です。


② 直属の上司の心理:「葛藤回避」による逃走

直属の上司が取るべき行動は、その場で「いや、ここは修正すべきだと思います」と部長に伝え、部下を守ることでした。

しかし彼が「確認してくる」とその場を逃げ出してしまったのは、上位の権力者(部長)との摩擦を無意識に避けようとする「葛藤回避」の心理が働いたためと考えられます。

「部下を守る責任」よりも「摩擦を起こしたくない、自分の立場を守りたい」という自己保身の感情が、とっさに勝ってしまった状態と言えるでしょう。


3. 自分を守る「板挟み防衛術」3選

「私がどうにかしなければ」と感じてしまう、責任感の強い人ほどこの泥沼にはまります。

ここで大切なのは、「上司たちの問題を、自分の問題として背負わない」という意識です。
心理学では「バウンダリー(境界線)」とも呼ばれます。

以下の3つは、実際にこうした状況で使える実践的な方法です。


【防衛術①】その場で「ボールを投げ返す」

上司と部長の意見が割れた瞬間に有効な方法です。

「どちらに従うか」をあなたが決めてはいけません。 決めた瞬間に、もう一方から責任を負わされるからです。

二人がその場にいるうちに、こう言いましょう。

「〇〇課長は修正すると仰っていて、部長は修正不要と仰っていますが、どちらの方針で進めればよいでしょうか?」

判断のボールを二人の間に投げ返す、このひと言が鉄則です。
上司同士に決着をつけさせましょう。


【防衛術②】明確な指示が出るまで「待機する」勇気を持つ

今回のように、二人とも判断を残したまま去ってしまった場合は、明確な指示が出るまで作業をストップする(ステイする)のが正解です。

「早く進めないと迷惑になるかも…」と焦って自己判断で動いてしまうと、後から「なんで勝手にやったんだ!」と全責任を押し付けられる可能性があります。

責任の所在が曖昧なまま動くことのリスクを、まず自分に言い聞かせてください。


【防衛術③】メール・チャットで「記録」を残す

直属の上司が「確認してくる」と去った後、そのまま放置されるのを防ぐために、テキストで状況を記録に残しておくことが非常に有効です。

【送信例:メール or チャット】

先ほどの〇〇の修正の件ですが、部長から「修正不要」とのご意見もいただいたため、現在作業をいったん止めております。
最終的にどちらの方針で進めるか、ご確認が取れましたらご指示をお願いできますでしょうか。

このひと言を送るだけで、「作業が止まっている責任」はあなたではなく「指示を出さない上司側にある」という事実が可視化されます。後から何か言われたときの証拠にもなります。


最後に:あなたは何も悪くない

「私はどうすればよかったのでしょうか」

そうご自身を責めるご相談者さんの言葉からは、周囲への深い気遣いと、仕事への誠実さが伝わってきます。

でも、どうか聞いてください。

あなたは、何も悪くありません。

これは、上司たちのコミュニケーション不足とマネジメントの放棄が引き起こした問題です。
たまたまその場に居合わせたあなたが、巻き込まれてしまっただけなのです。

「指揮命令系統を整えて、責任を取る」のは管理職の仕事です。
あなたがその責任まで肩代わりする必要はありません。

理不尽な状況に追い込まれたとき、「これは私が決める領域じゃない」とスッと線を引けるようになること。
それが、あなたの心とキャリアを守る、最も強い盾になります。

温かい責任感を、どうか自分を責めるためだけに使わないでくださいね。

心理カウンセラー
伊藤 憲治